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相馬御風の生家<県指定史跡>

相馬御風(そうまぎょふう)は早稲田大学校歌「都の西北」、日本初の流行歌「カチューシャの唄」、童謡「春よ来い」など多くの人が口ずさむ名曲の作詞者です。
また良寛研究の第一人者であり、短歌・随筆など才能豊かなこと、そして書家としても有名です。



春よ来い(MUSIC)

相馬御風は明治16年(1883)7月10日糸魚川市大町に生まれ、高田中学校、早稲田大学に進み、在学中に岩野泡鳴らと共に雑誌「白百合」を創刊。大学卒業後に「早稲田 文学」の編集に参加。一方で野口雨情、三木露風らと共に「早稲田誌社」を結成し、試作上の一切の約束事を捨てた「口語自由詩」を提唱しました。

地元糸魚川に戻った後も近郷から作詞の依頼が殺到し、多くの学校の校歌が今なお歌い継がれています。

糸魚川市HPからご覧ください相馬御風作詞の校歌

県立糸魚川高等学校の格調高い校歌は卒業生らの自慢です。


また、地元に伝わる奴奈川姫伝説をもとに糸魚川にヒスイが産出するのではないかと推測し、それが昭和13年に糸魚川でのヒスイ発見につながりました。2016年9月に国石(日本国の石)としてヒスイが選定されましたが、御風無くしてこれは有りえなかったことです。御風はあらゆることにアンテナを張り巡らした感性豊かな人で糸魚川を愛していたのだと思います。

ヒスイが日本の国石になりました

昭和25年5月7日脳溢血で倒れ、8日に逝去、享年67歳でした。
大町区墓地(市内清崎)の最奥に相馬御風の墓があります。毎年5月7日には菩提寺の善導寺(市内清崎)で「御風忌」が催されます。



糸魚川を愛し創設した短歌社「木かげ会」は今もなお継承し活動しています。




近年はイメージキャラクラブームに便乗し「御風さん」が作成されました。
イベントにたびたび登場し、太い眉とひょうひょうとした浴衣姿の雰囲気が人々に親しまれています。



相馬御風の生家は現存し、二階を書斎として文学活動を展開した当時のままの姿が残されています。
こじんまりした家屋で、つつましく生活していた様子をうかがい知ることができます。
この建物は新潟県指定史跡となっています。



御風の偉業は、自宅の土蔵に保存されていましたが昭和3年(42歳)の大火で蔵書の大半、研究資料をことごとく焼失したようです。
糸魚川歴史民俗資料館に現存する資料はその後のもので、資料の多さに驚きます。
是非ご来訪していただき、書家としての御風も楽しんでみてください。



【アクセス】
相馬御風生家
JR糸魚川駅日本海口より徒歩5分
住所  :〒941-0061 新潟県糸魚川市大町2丁目10番1号
開館時間:9時00分~16時00分
休館日 :◇月曜日(その日が祝日や休日にあたるときは開館し、その翌日が休館)
     ◇祝日の翌日(その日が土曜日、日曜日、休日にあたるときは開館)
     ◇年末年始(12月28日~1月4日)
入館料 :一般100円、高校生以下無料

糸魚川歴史民俗資料館(相馬御風記念館)
JR糸魚川駅アルプス口より徒歩5分
住所  :〒941-0056 新潟県糸魚川市一の宮1-2-2
問合せ先:TEL/025-552-7471 FAX/025-552-7471 E-mail/ bunka@city.itoigawa.lg.jp

map


勝山(かつやま)城址



勝山城址(勝山)に行くには、糸魚川市街を西(富山)方向に向かって進みます。
およそ車で20分くらい。



青海(おうみ)町・田海川(とうみがわ)当たりからは、海岸線の際に突き出した小山が見えます、これが勝山。
日本海海岸線を東西に見分け、戦国時代の要衝の地であった場所です。

海岸線に沿って道路が曲り始める頃、勝山トンネルの手前右方向に8台程度の車が駐車できるスペースがあります。
駐車スペースは右方向にあり、勝山トンネルから出てくる対向車がありますので注意してください。



ここで標高10メートルくらいでしょうか、すぐ下に日本海があります。
振り返ると北アルプスが日本海に落ち込む断崖を切り開いて通っている国道8号線の厳しさが良く判ります。
崖を削り、トンネルを掘り、天下の険を通過するのは半端ではなかった、
国道8号線が全2車線になったのは昭和42年のことです。



駐車場所から山腹側をみると「勝山城址登山道」の石碑が建っています。
その先に石の階段が付いてますのでここを登っていきます。
一本道なので迷うことはありません。
石段があるのは20段ばかり、その先はヤブと沢に滑りそうな急な細道で、やがて険しい尾根道でロープと鎖。
しっかりした靴を履いて行くべきでしょう。
雨の日は滑りますので注意が必要、靴も汚れます。



4月30日に登った時は、高山植物のイワカガミが咲いていました。
勝山は標高328メートルですが、風雪が厳しいので海岸線でも咲くのでしょうか。
この高さまで登ると潮風の影響は無いようです。
ゆっくりペースで登り40分、下り20分。



頂上には勝山城址の立て札があり、この山の謂われが書かれてます。

この城は、戦国時代の越後上杉氏によって築かれ、落水(おちみず)城とも呼ばれた。
日本海に迫る標高328メートルの断崖上にあり、西は越中宮崎から能登、東は上杉氏の居城春日山以西の海岸部はもちろん...遠望できる要地にある。
天正13年(1585年)には豊臣秀吉が石田光成を従えて上杉景勝、直江兼続らとここで盟約を結んだとの伝えもあるが定かではない。

物見櫓が建っていたのか結構な平坦なスペースがありますが、三角点と、小さな祠「親不知・越中海岸展望所」の立札があるだけです。
遠い過去に兵士たちが入れ替わり守備に携わっていた面影を偲んでみましょうか。



頂上から、海側は草木が生えていますが、まっさかさまの崖で、勝山トンネルの上を越えて日本海まで落ちていきます。
草木の隙間から糸魚川市内を見下ろすことができます。
姫川河口から海岸線は浦本あたりまで。山容は早川・不動山から鉾が岳まで。
北アルプスに阻まれ、山を越えてくる敵があったとしても、根知城山(じょうやま)で阻止できます。
海岸線を監視する見張り台とすれば勝山は的確な位置で、ここで狼煙をあげれば、情報伝達は早かったに違いありません。

残念ながら親不知方面はここからは見えません。
もうひとつ西側の山が邪魔です。西側が見える尾根沿いの場所があったのでしょうが今は草木に埋もれて不明です。



残念ながら、期待していたテレフォンカードにあるような親不知の高速道路はまったく見えません。
これは恐らく空撮したものなのでしょう。



ここからは、勝山城址登山の余話になります。
急ぎ下山して、親不知駅から「鬼ヶ鼻」の高台に登ってみ見ました。
親不知駅の西側にある高台です。
明治天皇が行幸された時に「野点」された記念碑も途中にあります。
(明治天皇は親不知に道が無かったため、海岸を避けて山越えしたのです)



徒歩で1時間半かかりましたが、乗用車なら高台まで15分程度で行けます。道路は舗装されています。
空撮には及びもつきませんが、国道8号線や、橋脚に支えられる北陸自動車道が見えました。
テレフォンカードに近いものが見えたことで、なんとなく安心して帰路につきました。

【アクセス】
北陸自動車道「糸魚川IC」から車で30分。国道8号線を富山方面へ。
「勝山トンネル」手前に駐車スペース8台程度。駐車料無料。
登山口から40分で頂上に到着します。お天気の良い日の午前中ならばサっと行けます。
(下りは約20分で駐車場まで戻れます)

早川(はやかわ)地区の不動山(ふどうやま)に登る



不動山(ふどうやま)は早川にあります。
早川沿い国道の上流を見ると、左手に見えるどっしりした山で、標高450mの高台になります。
戦国時代に居城があり、西の勝山城(青海)、東の徳合城(名立)などとともに、上杉謙信の春日山城(上越市)の狼煙場としてあった場所です。

地図を検索しても、車ではとても行けそうにないように見えますが、地元の人に尋ねると、結構頂上近くまで車で行けるし、民家もあります。
対向車がないことを祈りながら、溜池を目当てにして、細い道をゆっくり昇りましょう。
溜池の近くに車を停めるとよいでしょう。



溜池は進行方向左側に見えカーナビでも池が表示されます。
池は農業用水として利用されているのでしょうか。



下車して5分も歩くと「狼煙(のろし)場」の標識があります。
すでに、不動山の山域に到着しています。
周りは松林ですが、見上げれば中央がポッカリ開いていて青空が見えます。
ここで狼煙をあげたのでしょう。



狼煙場からは、不動山緑地環境看板に表示される...(点線部分)を進むことになります。
最初はちょっと登りますが、山を周回していくなだらかな道です。

「一ノ防堀」から「三ノ防堀」まで、外敵防止の堀跡が続きます。
敵は山を登ってくるしかないので、この空堀で勢いを止め、攻撃する算段だったのでしょう。



案内看板地図の②あたりから、登り階段になります。
短いですが息が切れるほど。しっかり整備された階段で安心です。

最後の頂上への道はさらに厳しい階段で2分程度続きます。
高度を稼ぐという感じで、登り詰めると一気に汗が出ます。



頂上には「不動山城址」の石碑。標高450メートル地点です。
狼煙場から歩いて30分程度でした。
景色も開け、早川、糸魚川、日本海がしっかりと見渡せます。
天気の良い日に、お弁当を持ってピクニックに出かけるのをお勧めします。
石碑の横には、白く新しい建物(テレビ局の中継塔)があります。



西方向の海岸線際に親不知の勝山城(青海)が見えます。
ここで狼煙を上げれば、勝山城から見えるでしょうし、逆もまたしかり。



山を下りて、もう一度山を振り返ります。
ここに城が立っていたら、攻撃は難しかっただろうし、見張られている感たっぷりです。
早川を守る「不動山」は堂々としていました。

糸魚川市内から2時間をかければ、車で登って、歩いて、山頂でお弁当食べて、降りて戻れます。
その日の天候を判断した後、小さな子どもさんも一緒にピクニックするのに適度な距離です。
唯一の心配は対向車に合うこと。車道は細いのでお気をつけて。

【アクセス】


糸魚川駅から国道8号線で上越方向に向かい、「早川橋西詰」交差点を右折
(笹倉温泉郷の看板があります)して、県道207号に入ります。ここまで車で約15分。
越(こし)郵便局を目指して進み、「越交差点」を左折し早川を渡ります。
道なりに進み溜池をめざします。糸魚川駅より約25分。
枯葉の多い秋(10月下旬)は、枯葉で車がスリップしますので注意が必要です。

駐車スペース4~5台
トイレ無し
所在地:〒949-1201 新潟県糸魚川市大字越


根知(ねち)城山(じょうやま)

糸魚川市根知(ねち)地区に「根小屋(ねごや)城」があります。
根小屋城・上城山(かみじょうやま)城・栗山(くりやま)城の三城を総称して根知城と呼び、県指定史跡の中心は根小屋城(標高320m)です。
根知城は、越後と信濃の国境に位置する堅固な山城で、戦国時代の典型的な尾根城(山の尾瀬沿いに作られたお城)です。



【歴史】
南北朝時代(14世紀中頃)に南朝軍だった禰智(ねち)氏の根拠地であり、禰智氏は足利軍と戦い戦死しました。
上杉謙信は武田信玄が松本街道を下って侵攻してくることを恐れ根知城を重要視し、武田氏に追われた信濃の豪族・村上義清を城主にします。
根知城は、信濃の国に対する越後側の最前線基地として重要な役割を担うことになります。
こうして、松本街道を使うことを諦めた両雄の世紀の対決は、「川中島の合戦」になっていくのです。
その後武田方の仁科盛信、上杉方の西方房家、桜井三助晴吉に城主は変わり、堀左門城主の1601年根知城は廃され、城主は清崎城(糸魚川城)に移ったといわれます。
本丸跡と殿屋敷と称する郭跡を中心に、郭跡17、削平地201、掘切16、堅堀15と大規模な城郭跡を残しており、新潟県の史跡に指定されています。

地元では「根知の城山(じょうやま)」と呼び、山を楽しむ人たちは、標高525mの上城山城(詰め城:最終防御点)をめざします。
姫川から眺める城山は、一帯を見渡す絶好の場所で、その城は難攻不落の場所に思えます。


頂上からは西側に姫川、東西に根知谷が披け、北は日本海まで望める絶好の拠点です。



根知川を越えた先に見える東側のゴツゴツの岩肌が越後駒ケ岳(1457m)、



南東はるかに日本百名山の雨飾山(あまかざりやま、1963m)が見えます。



ここは蝶を多く見ることのできる土地です。街でも最近は見かけませんが、城山に登るとたくさん飛んでいます。
キアゲハです。



4月下旬、カタクリ、イワウチワの群生や、タムシバ、ニリンソウの花が咲きほこります。
カタクリ


イワウチワ


タムシバ(ニオイコブシ)


ニリンソウ


山菜コシアブラ、ツクシ、ぜんまい、タラノメ、山ウド、せせらぎにワサビ、山の幸もいっぱい伸び盛り。
コシアブラの天ぷらは高級食材です。


栗山の居住地に降りるとスイセンも真盛りでした。


糸魚川にきない!

コシアブラ
樹脂からわずかながら油が採集できます。
奈良時代から平安時代にかけての文献には「金漆(ごんぜつ、ごんぶち)」と呼ばれる黄金色に輝く塗料が登場し、工芸用塗料として珍重されたとありま す。
越後国の油なので「コシアブラ」

北海道、本州、四国、九州に広く分布し、冷温帯林に生育しています

【アクセス】
JR大糸線「根知駅」下車、徒歩5分
北陸自動車道「糸魚川IC」から車で15分。国道148号線を白馬方面へ、「根知谷入口交差点」を左折、踏切を渡りすぐ右折。
駐車スペース4~5台あります。ここから尾根を登るのが、厳しいですが景色も良くてお奨めのコースになります。
写真は登り口付近、人の通った細く急なのぼり坂が見えますが、ここが登山口になります。(特に標識はありません)



勝蓮寺横から、昔ながらの大手道を通り三の丸跡に昇るルートもあります。
栗山登山口にも駐車スペース4~5台あり、紹介ルートの逆コースを辿ることもできますが、谷あいのルートで景色は望めません。
(地図に黒丸で示した辺りに駐車スペースがあります。)
登山口から2時間で上城山城に到着できるので、足慣らしに出かける人も多い人気の山です。
(下りは約1時間で戻れます。下記の地図をご参考に)
およそ半日をかけて糸魚川の野山と色をお楽しみください。

所在地 :勝蓮寺付近 〒949-0536 新潟県糸魚川市大字根小屋711 TEL.025-558-2208


能生・白山神社の春大祭

白山神社春大祭は毎年4月24日、豊年、豊漁、商売繁盛を祈願して行われます。
白山神社

9時過ぎ、すでに御神嚮(ごじんこう)と呼ばれる獅子舞が始まっています。
御神嚮の前には「七度半の使い」と呼ばれる儀式が午前8時頃から行われ、「神々のお出ましをお願いする」口上と所作を七度に渡って繰り 返します。 これをおこなうことでようやく神様の出発が叶うのだそうです。
先頭をいく露払いの獅子舞は笛と太鼓に合わせ力強く舞います。
一体の獅子を二人で纏い、約20名の若衆達が順次入れ替わりながら舞い続け、行列を先導します。
白山神社春大祭 獅子舞

そのあとを3台の神輿。一の神輿(いざなぎのみこと)、二の神輿(ぬながわひめのみこと)、三の神輿(おおなむちのみこと)が続きます 。
白山神社春大祭 神輿

そして旗、花竹、刺又、槍、道具箱が続き、うしろに稚児の列が続くのです。
白山神社春大祭 稚児の列

動きのあるのは先導する獅子頭一体のみで、うしろは静やかに、厳かに、神々を乗せて進みます。
御神嚮は、約3時間もの時間をかけて続けられ、200メートル足らずの境内を2廻り半する程度のスローペースなのです。

正午になる頃、ようやく御神嚮打ち止めとなり、神輿は所定の位置に留まり、「お走り」の待ち体制にかかります。
境内はそわそわしだし、神輿が上下に揺さぶられジャラジャラと鳴り響き、張り詰めた雰囲気に包まれます。

スタートすると見せては中止することを何度も繰り返すので、境内は息を詰めるのと、ため息があふれ返ることが10回以上。
いよいよ三の神輿の合図とともに一気に走りだし、獅子は拝殿に、稚児は楽屋に、神輿は御旅所(おたびしょ:お祭りのために神様が仮にと どまるところ)になだれ込む「お走り」です。
「お走り」の写真は、息をのんでいるうちに過ぎてしまう、あっという間の出来事です。下記のURLで写真がご覧になれます。
能生白山神社春大祭「お走り」→

「お走り」が終わると、拝殿と御旅所の間に橋を渡し、神様へのお供えを運ぶ「供神撰(きょうしんせん)」
6名の社人が3回の往復で楽の音に合わせてお供えをします。
お供えが済むと、祭礼の準備が整ったことになり、いよいよ舞楽奉納になります(午後1時頃)
国指定重要無形民俗文化財の舞楽の一番は「振舞(えんぶ)」であり、舞台を祓い清める舞です。

2.候礼(そうらい):稚児4人。指を狩衣から出さず、剣印を結んだ指先で袖先を伸ばす、静かで優雅な舞。

3.童羅利(どうらり):稚児1人。最年少の稚児による短い舞で、最後に「あかんべ」をするらしい。

4.地久(ちきゅう):稚児4人。

5.能抜頭(のうばとう):大人一人。手に撥(ばち:武器のたとえ)を持ち、軽快にしかし、体力の要る力強い舞。
白山神社春大祭 能抜頭(のうばとう)

6.泰平楽(たいへいらく):稚児4人。出鉾の舞、徒手の舞、鉾の舞、太刀の舞と長時間にわたる舞。
白山神社春大祭 泰平楽(たいへいらく)

7.納曾利(なそり):大人2人。前半は「破」の舞。後半は「急」の舞。雌雄の竜が楽しげに舞遊ぶ「双竜の舞」と呼ばれます

8.弓法楽(きゅうほうらく)

9.児抜頭(ちごばとう)

10.輪歌(りんが):稚児4人。「前の手」、「肩の手」、「腰の手」の舞。最後は1列になって楽屋に戻ります。
が、稚児の最後一人は楽屋に容易に戻されません。
何度も舞を強制され、最後に稚児は半泣き状態になるのです。
このときすでに幕際には陵王が座して出を待ちかまえています。

11.陵王(りょうおう)
4時間半をかけて10種の舞が披露された午後5時半。いよいよ陵王が登場します。
いつのまにか人があふれ、輪歌の最後の一人が楽屋に入ると同時に、瞬時に楽が変わり、緋の色の「陵王」が飛び出てきます。
夕日(アマテラス)の射し込む時間、頭部に竜をつけた吊り顎の陵王面、
赤熊(しゃぐま)を被り緋チリメン狩衣に緋緞子の装束。
橋懸りに現れると、境内騒然となり、「りょうお~う」の声があちこちからあがります。
白山神社春大祭 陵王(りょうおう)1

動きは緩やかに見えますが、まるでスクワットを繰り返すような中腰
伸び上がった状態でも足が交差しており、生半可な平衡感覚の人にはまずできません。
左足を踏み込み、中腰に屈んだ状態で、左から右をねめまわすようにゆったり向きを変え、ときに「烏跳び」や「千鳥掛け」などの舞。
舞台中央でおこなう「日招きの舞」は、太陽が沈まぬような呪術の意味をもつともいわれ、
観客の目が陵王に集中し、一同が神がかりのようになります。
白山神社春大祭 陵王(りょうおう)3

たんたんと繰り返される舞に引き込まれるうちに、あたりは暗くなり、橋懸りに群がる人たち。
早く舞を終わらせてあげたいような気持ちと、まだまだ陽は落ちないからもっと続けてくれという混濁した状態。
舞を初めてから1時間が経過した午後6時30分近く、
陵王が橋懸りを飛び越える「走り込み」を一目観ようと観客は殺到。
待機する氏子総代に抱きかかえられるように橋懸りを跳び越え倒れ込む陵王。神がかりが抜け落ちた肉体。
直後、楽は急テンポになり、橋懸りが取りはずされ、祭りは終わりに向かい動き出します。

能生白山神社春大祭「陵王」の舞をもっと見る→

能生白山神社春大祭 舞楽についてもっと見る→

神霊還御(しんれいかんぎょ:御旅帰り。神様がおかえりになること)
橋懸りがはずされると、御旅所にある3基の神輿はすごいスピードで拝殿に担ぎ込まれます。
神様がお祭りを終え還られたのです。
その後、神輿は外へ持ち出され、拝殿前で上下に揺すぶられ、さらに御旅所の前で再度上下に揺すぶられる。
無事に祭礼が済んだことの歓喜の爆発。稚児も担ぎ出され両手をかかげ喜びを表します。
3基目の神輿は御旅所の前で、50回に及ぶ上下動を果たし、どよめきと拍手が湧きあがるのです。

陽は落ち、観客は余熱を含み、帰途に。

能生白山神社春大祭「神霊還御」をもっと見る→

能生白山神社HP→

4月24日は夕刻まで春大祭を楽しみましょう。まだ少し寒いでしょう、防寒対策も忘れずに。
北陸新幹線を利用されると都会へはその日のうちに戻れますが、糸魚川の夜に浸るのもいいですよ。
糸魚川にきない!

【アクセス】
・車の場合 :北陸自動車道「能生IC」より5分、「糸魚川IC」より25分
       駐車場は、弁天岩近くの特設駐車場をご利用ください。
・電車の場合:えちごときめき鉄道能生駅より徒歩約15分
所在地  〒949-1352 新潟県糸魚川市大字能生7239
問合せ先 糸魚川市観光協会能生支部 TEL. 025-566-2244
能生案内図

徳合(とくあい)枝垂れ桜の咲く里へ



糸魚川ジオパークの「筒石・浜徳合ジオサイト」は、砂岩泥岩互層の観察や、280段の階段のある筒石駅トンネル地下ホームが有名です。
(地下のトンネル内に駅のホームがあります。ホームは海抜20mに位置し駅舎とは40mの標高差があるため、階段で280段も上り下りしなくてはならないの です)
⇒糸魚川ユネスコ世界ジオパーク 筒石・浜徳合

ここ徳合は、国土交通省の「日本風景街道」に登録された「枝垂れ桜の咲く美しい里山の景観」として見逃せない場所です。


⇒日本風景街道

海に近い桜は葉桜になりつつあっても、山に登るにつれて花は満開。
街道沿いに枝垂れ桜が100本以上植えられており、日本の農村らしい風景を堪能できます。


淡いソメイヨシノもいいのですが、枝垂れ桜が緑の野山に点在するこの地域は、桃源郷に入ったかのような安らぎを覚えます。


時期外れの菜の花の黄色が、枝垂れ桜の温かみを盛り上げます。


去年と同じ桜の下で見惚れていたら、地主のOさん夫妻が、やはり今年も声をかけてくださいました。
「ちょっと寄ってお茶を飲んでってください」と。


桜を観に来る人には必ず声をかけ、枝垂れ桜は良いでしょう、良いよねぇ、嬉しいねぇと魅力を語り、
サクラを通じて心を通わせます。


この場所が判らないという人がいるからと、目立つように今年から鯉のぼりを立てたこと

芝桜を植え、さらに山から持ってきた「シラネアオイ(高山植物)」を植えたら、性に合ったか群生したこと


細い流れは土を運ぶので、夏になるとこの場所にだけホタルが飛ぶようになりましたと

空き缶拾いから始まり、30年をかけてこの里を守り、創ってきたこと

自分たちで創り、守っているのだという、誇りと余裕が感じられる。スローライフを考えさせられる里です。

今年も、気持ち良く桜に会えたこと、Oさんに逢えたことを感謝し、里を離れました。


枝垂れ桜の一番大きい樹の下で、サクラを眺めていれば、きっとOさんが声をかけてくださいますよ。

⇒枝垂れ桜の咲く里への回り道

徳合地域につたわる言葉(遠い昔から伝わる大切な言葉)
○「飾る」より「磨く」こと
○「魅力」は、自分たちがつくること
○「想い」は、形になる


糸魚川駅からの道順です。
国道8号線を上越方向に25分、「徳合」まで進み、右折して431号線に入ります。
道なりに徳合、仙納地区を通過し、筒石駅前を通り、国道8号線に戻る一回りできる道路です。
ゆっくりめぐって1時間。糸魚川駅から2時間半程度の海と山里のドライブができます。
季節は4月20日頃、糸魚川にきない!

【アクセス】
北陸新幹線「糸魚川駅」より車で35分 26km
北陸自動車道「糸魚川IC」より車で40分
所在地(目印) :徳合公民館 〒949-1301 新潟県糸魚川市大字徳合5307
問合せ先:糸魚川市観光協会 TEL.025-552-1742
期間時間:制限なし
駐車場 :なし



姫川(ひめかわ)の桜づつみ公園

姫川河口より2キロメートルにわたり約500本のソメイヨシノが開花します。
シートを広げ、お弁当を食べる親子の姿もみられます。

姫川右岸に「桜づつみ公園」はあります。
「桜づつみ」とは、洪水から堤防を守るために必要な堤防断面に加えて堤防の市街地側に土を盛り、桜を植栽するもの
堤防を強化するとともに積極的に良好な水辺空間の形成を図る、業界用語です。

「堤」を「つつみ」というか「づつみ」というか「つづみ」というか。
糸魚川市は平成2年から「姫川桜づつみモデル事業」を実施し、市民からの寄付を募りソメイヨシノを植栽しました。
桜づつみ公園1

1本ごとに寄付者の氏名を示した札を掲げたので、寄付された方は「わたしのサクラ」とそれを愛しく思われ、毎年様子を見に来られます。
約30年が過ぎ、枝を大きく伸ばし、しっかりとした樹木になり、満開の姿はとても見事です。
桜づつみ公園2

〝桜の回廊〟と呼ばれる両側からサクラが降り注ぐ道は散歩に最高のポイントです。
桜づつみ公園3

土手にのぼり、姫川河口の対岸を見れば、中部電力姫川第七水力発電所がドッシリ見え、その奥には黒姫山(くろひめやま)、右肩に雪に被われた白鳥山(しらと りやま)が見えます。
桜づつみ公園4

河口上流に目を向ければ、残雪の残る越後駒ケ岳のゴツゴツした岩塊、その奥に気高く日本百名山の雨飾山(あまかざりやま)
駒ケ岳の左側には、阿弥陀山、烏帽子岳、越後焼山(活火山)、遠くには火打山が青く望めます。
桜づつみ公園5

糸魚川のサクラ開花時期は4月中旬。
ソメイヨシノが散り始めるころ、枝垂れ桜が始まり、八重桜も咲き始めます。
サクラ巡りで是非訪れてみてください。
糸魚川中学校グラウンドを囲むソメイヨシノも見事です。
糸魚川中学校グラウンド

標高100メートルの台地にある「美山(みやま)公園」には多くの種類の、樹齢も様々なサクラがありあり、市民の憩いの場所となっています。
美山公園は市民の健康のための散策場所です。
美山公園

糸魚川のサクラを見にきない!

2020.4.12ソメイヨシノ満開

【アクセス】
北陸新幹線「糸魚川駅」よりバスで約10分
北陸自動車道「糸魚川IC」より車で約5分、ここから美山公園まで車で20分
糸魚川駅からレンタサイクルで20分。

姫川桜堤までの道順です。
8号線から:姫川大橋の信号を上流方面に曲がりJRのガード下をくぐります
      ガードをくぐったすぐの右手(姫川側)に駐車場とトイレがあります。
148号線から:ローソン前の信号(Tの字)を左折し、姫川に向かって進みます
      目の前に駐車場があります。

所在地 :新潟県糸魚川市寺島(姫川河口近くの右岸)
問合せ先:糸魚川市観光協会 TEL.025-552-1742
期間時間:制限なし
駐車場 :普通車30台無料
糸魚川サクラマップ


須沢のミズバショウ群生地

春の風物詩
新潟県糸魚川(いといがわ)市の須沢(すざわ)地区南側の山裾にミズバショウの群生地があります。
昭和50年に市指定文化財「須沢水芭蕉群生地」として指定されました。
須沢水芭蕉群生地

標高約5メートル、海岸から約1キロメートルに位置し、標高が低く海岸に近いという日本でも珍しいミズバショウです。
開花は3月の下旬頃、そろそろ桜が開花するだろうかと気になる頃、土地の人々は町の桜巡りとあわせて、ミズバショウの育ちを楽しみにしています。

木立の中、温かい日差しが降り注ぐ場所、小柄でしとやかに、緑の葉と白い包葉の中に黄緑色の花
清冽な雪解け水の音を聞きながら群生を間近に観ることが出来ます。

誰が育てているわけでもなく、この湿地に根付いた自然の花です
今年は大きくなったかな、水枯れてしてないかな、きれいに咲いているかな
住民の期待に応えて毎年健気に咲きそろい、見に来た人は、今年も良かったね、頑張ったねと讃えます。
水芭蕉

道路脇のすぐそばです。車に乗っていても十分見ることができる距離です
群生地といっても半径20メートル程度の小さな場所、ぐるりに細い道があるので、様々な方向から見ることができますが、
足元が悪いので気を付けて巡ってください。
須沢水芭蕉

この時季、まだ山は雪で真っ白、風も冷たいかもしれません。須沢海岸に向かえば「ラベンダービーチ」があり、「寺地遺跡」もあります。
風が無く温かな日差しの春日であれば、ゆっくり歩くのもいいでしょう。

観光15分、往復移動時間(15分×2)、須沢海岸を併せて約2時間程度を計画しましょう。

【アクセス】
国道8号線「姫川橋」の信号から南方向368号線に入り、須沢生コンさんの前を過ぎて300メートルくらい。
糸魚川駅から群生地まで車で15分。8台ほどの駐車スペース
バス路線はありません。
サイクリング可能な範囲です。
所在地:須沢生コン所在地 新潟県糸魚川市大字須沢1176番地 tel:025-552-0066
須沢地図


日光寺のけんか祭り

糸魚川けんか祭りは、毎年4月10日に行われる天津神社春大祭が有名ですが、日光寺のけんか祭りは勇壮おおらかです。

4月の第3日曜日と決まっています。
下早川・日光寺のすぐ手前に、下早川小学校があり駐車スペースがあります。
また、交通整理をする係りの方がいらっしゃいますので、安心して行けます。

真言宗阿弥陀山日光寺は天平年間(729~749)に行基が創立、開山は僧良江。大同元年(806)に将軍坂上田村麻呂に二百石を与えられ、七堂伽藍、十二坊があったといわれます。


寺宝に新潟県指定の文化財、十一面観音立像と阿弥陀如来坐像があります。後者は頭部が宝冠で全国に数十体しかない珍しい姿で傑作です。


日光寺の西隣の小高い山の上に白山神社があります。


真言宗日光寺と白山神社、お寺(仏教)と神社(神道)が一緒にするという、神仏習合(日本土着の神祇信仰と、外来の仏教信仰が一緒になった現象)の珍しいお祭りで、五穀豊穣・豊漁を祈願して2基のみこしを激しくぶつけ合います。

白山神社の石段。100段近くあります。
午後1時、獅子と露払いと稚児。露払い(つゆはらい)と呼ばれる女面と男面。神輿を担ぎバランスを取りながら石段を降りてきます。
けんか神輿のため、神輿の屋根には7ミリの鉄板が張られていて500キロの重さがあるらしい。
バランス崩したら一巻の終わりです。


こちらが観音堂。この前の広場が神輿のぶつけ合いが始まる場所です。
神官たちは道路上で真言宗僧徒と合流し、観音堂に向かいます。


観音堂に持ち込まれた2基の神輿を担いだ若者達。まずは軽く一周。


と思う間もなく、すぐさま先頭神輿が向きを変え戦闘態勢。後ろの神輿も待ってましたと迎撃態勢。


担ぎ棒を地面につけて互いにクロスし、後ろの担ぎ棒を持ち上げてぶつけ合います。


7ミリの鉄板がぶつかり合うガシーンという音、何度もぶつけ合う凄まじい力の応酬。
ぶつけ合い、神輿を壊れるほど縁起がいいといいます。
ひとけんかを終えると神輿を立て直し、境内を歩きます。そしてまたぶつけます。ガシーン!
周り、お走りをしてぶつける・・・これを数回繰り返します。
最後は「お走り」と呼ばれる、神輿を担いで走ります。
神輿を観音堂に供え、担ぎ手たちは観客の拍手に送られ白山神社に戻ります。
そう、あの石段をもう一度登って行くのです。足ガタガタになります。

最後までドンドン敲いた大太鼓も最後のとどめをさして止むと、お疲れ様の拍手が一杯湧きます。


動のお祭りの後は、静のお祭りです。
「獅子舞」、雅楽「幣三重」、雅楽「戸隠」、雅楽「天女舞」、雅楽「海幸」(鯛釣り舞)が続きます。


これで終わりと思いきや、白山神社に戻り日光寺で休憩していた担ぎ手達が再び観音堂に戻り、最後の神輿のぶつけ合いをします。
そのあと石段を神輿を担いで登り、白山神社に還すのです。
最期まで神様を楽しませるお祭りです。

少子高齢化、人口減少のため一時途絶えたこのお祭りも、実行委員会の努力で復活がかないました。
神仏習合を現在に残す、派手なけんか神輿のお祭りです。

また、日光寺の庭園は、不動山、鉾ヶ岳、早川を一望出来る借景庭園として有名です。
俗に『加賀洗心公の庭』ともいわれる庭園は、加賀の四代目殿様洗心公が自然の美を利用して造園され、後に小堀遠州の弟子らの設園により手が加えられたといわれています。樹齢700年の五葉松の古木があります。


お天気に恵まれれば春の陽気を楽しみながら午後のひと時を過ごせます。
水仙、水芭蕉、わさび田など、いきいきとした花や、おおらかな田園風景があります。


糸魚川にきない!

[糸魚川の4月の祭り]
4月10日糸魚川けんか祭り→
4月24日能生白山神社春大祭→(こちらはただいま準備中)

  【アクセス】
北陸自動車道糸魚川ICから車で30分、糸魚川バイパス/国道8号を上越方面へ、立壁交差点右折し国道270号を3.4キロ
糸魚川駅からバス20分、07早川線で新道(しんどう)下車徒歩10分
糸魚川駅からタクシー25分
所在地 〒941-0014 糸魚川市大字日光寺
駐車場 下早川小学校校庭30台程度
月不見の池ジオサイトマップ


天津(あまつ)神社のけんか祭り

「けんか祭り」として有名な糸魚川市一の宮にある天津(あまつ)神社の春大祭(毎年4月10日)は、昔から「十日の祭り」と呼ばれ近郷近在からドッ と見物客が押し寄せたものです。
11時頃から躍動の「神輿の競り合い、ぶつけ合い、押し合い」があり、13時からは静謐な「舞楽」の奉納が行われます。
午前の部は「けんか祭り」として、午後の部は稚児(ちご)による舞が多いことから「稚児の舞」と呼ばれます。
郷土の文豪相馬御風(そうまぎょふう)も糸魚川小唄の中で、次のように歌っています。
「つもる白雪 さらりと解けて
 春は太鼓の音から明けりゃ
 若い力でせり合う みこし
 稚児の舞う手に 花が散る」

2012年、市内に貼られたポスター

(行事)
10日は午前零時に一番太鼓を打ち、祭りが始まります。
4:00、神輿堂(みこしどう)から出された二基の神輿は、新町の甚兵衛、甚之丞により舞台に奉安
5:30、一の神輿を担ぐ「押上(おしあげ)」地区の若衆が、押上海岸で禊(みそぎ)を行い、
6:00、二の神輿を担ぐ「寺町(てらまち)」地区の若衆が、寺町海岸で禊を行う。
8:00、衣紋所では、稚児の化粧が始まり
楽屋では笛太鼓が始まる

10:00 押上の使い獅子が参道入口から境内に現れ、
使い獅子あらわる

10:15 押上一同が参道入口から境内に入ります。
10:30 神社拝殿で若衆それぞれが柏手を打ち、神おろしの神事が舞台で行われ、
11:00 舞台上から見守っていた稚児も大人に肩車され「お練り(おねり)」(境内円周約200メートル)。
先頭に使い獅子、錫杖、払い竹、鶏爺(寺町)、神職、一の神輿、宮司、役員、鶏爺(押上)、稚児、神職、二の神輿、宮司、役員の順で、ゆっくり春の 陽射しの中を練り歩きます。動に転じる前の不気味でもある静の時間です。
お練り

11:30 神職より榊を受け取り、稚児が舞台に上がったら、「けんか祭り」のはじまりです。
神輿を担ぎ境内を走り回り、相手を待ち伏せし、ぶつけ合い、もみあう。
形はぶつけあい壊しあいのように見えますが、
実は御輿をぶつけ合うのには意味があり、男神と女神の神婚、子孫繁栄を意味するらしいと聞くと、ど んどんやれと気合も入ります。
けんか祭り

何度もぶつけあい双方が疲れ切る頃
舞台の上から実行委員長が榊を大きく振りまわすと「お走り(おはしり)」の始まり。
太鼓の調子はドンデンドンに変わりすざましい勢いで、神輿が走り出します。
このお走りで勝敗が決し、最後は歓声とともにけんか祭りが終了します。
勝った寺町
勝った押上

12:30 詩歌応答の儀。祭りを行うもの(主として奏楽関係者)と祭りを見に来た観衆との間で、揶揄しあうあるいは「いいね」を、詩歌の交流でや り取り、歌いあうという風流な遊びです。
これはいにしえのフェースブックみたい。
短歌あるいは俳句をけんか祭りが終了するまでに献歌すると、舞楽の途中の合間に返歌がいただけます。
応答の詩歌は短冊に書かれ、木に吊るされ、心ある人がこれを見に来ます。
詩歌応答

13:00 舞楽(国指定重要無形民俗文化財に指定されている)の始まり。
稚児が舞う姿に境内は一転して和やかな雰囲気となり、戦いを終えた男衆や観衆の表情がほころびます。
17:30 舞楽全12曲の最終「陵王の舞」が終わり祭りは終ります。
陵王の舞

昭和55年1月28日に国指定重要無形民俗文化財に指定される、奉納された舞楽(ぶがく)12曲はつぎのとおり。
「能抜頭」のように珍しい曲を伝えているのをはじめ、稚児舞として多くの曲が舞われているなど独特の伝承を有しています。
1)「振鉾(えんぶ)」 稚児二人
12舞楽の初めに奉納される演目です。
緑と橙の衣装を纏い、天冠を頂き、かぶり鉾を両手で捧げ、二人が同時に舞います。
稚児舞1、えんぶ

2)「安摩(あま)」 稚児一人
南方伝来の林邑楽とされ、面帽も面も装束も異国風で手に桴(ばち)を持ち4~6歳の稚児が舞います。
稚児舞2、あま

3)「鶏冠(けいかん)」 稚児四人
鶏冠をかぶり、胡蝶を背負い、菊の花を持って舞います。
四人の稚児が花に遊ぶ蝶のように平和で美 しい舞です。
稚児舞3、けいかん

4)「抜頭(ばとう)」 大人一人
奈良時代に南方より伝来した林邑楽と云われ、
父の仇の猛獣を探し求め、格闘の末にこれを討ち取り
喜び勇んで山を下る様を表した舞です。
稚児舞4、ばとう

5)「破魔弓(はまゆみ)」 稚児四人
頭に巻纓(けんえい:木製黒漆塗りの切れ込みを入れた木片の冠)老懸(おいかけ:馬の毛をブラシの ように束ねて扇形に開いた用途不明の飾り)の冠を付け、手には弓を持ち、太刀を方から斜めに掛け、悪魔退治をするという舞です。
稚児舞5、はまゆみ

6)「児納蘇利(ちごなそり)」 稚児二人
稚児による納蘇利舞(二匹の龍が戯れる様を表したもの)で、面の表情は童子らしくやさしく、丸 顔の面帽子もおもしろく、振り袖姿も優美な舞です。
稚児舞6、ちごなそり

7)「能抜頭(のうばとう)」 大人一人
天津神社独特の舞で、腹を膨らませ、能楽の翁面ににた面を付けます。尖がり帽子と白の小袖に巴を 付けているところなど、すがすがしい装束です。
稚児舞7、のうばとう

8)「華籠(けこ)」 稚児四人
天津神社独特の舞で、四人の美しい装束の稚児が籠に盛った花を巻きながら舞います。
稚児舞8、けこ

9)「大納曽利(おおなそり)」 大人二人
朝鮮伝来の高句楽の舞のひとつとされ、双竜舞ともいい、恐ろしい面に桴(ばち)を持って、二つ の龍が楽しげにはねる有様を表している舞です。
稚児舞9、おおなそり

10)「太平楽(たいへいらく)」 稚児四人
優美で可憐な武人の装束で舞い、その名のとおり、乱世を治め、正しい道に直すという意味を表 すおめでたい舞です。
鉾・太刀を振って豪壮雄大に舞います。
稚児舞10、たいへいらく

11)「久宝楽(きゅうほうらく)」 稚児二人
太平楽と同じ装束を纏い、太刀と楯を持って舞います。>南方伝来の林邑八楽のひとつで、奈 良時代に渡来し大阪市天王寺に伝えられたという、平和で穏やかな世であるよう祈る舞です。
稚児舞11、きゅうほうらく

12)「陵王(りょうおう)」 大人一人
昔、中国の蘭陵王が恐ろしい面を付けて陣頭に立ち、敵を勇壮に打ち破った様をかたどった舞です。
赤地金襴の面帽子に竜頭、吊り顎の面をつけ、豪壮な装束に緋房のついた細い金色の桴(ばち)を持ち、落日に舞います。
4月10日の午後は新衣装、4月11日の午後は昔ながらの旧衣装で稚児の舞が行われます。
稚児舞12、りょうおう


(補足雑学)

・けんか祭りの主役は寺町地区と押上地区
ふたつの地区が、毎年一の神輿と二の神輿の役割を入れ替えます。

・使い獅子
地元では「じょば」というが獅子頭を被った厄払いの獅子のことで、神事の斥候のような役目を果たします。
「除摩(じょま)」の名残ではないかと思われます。
幼児の頭をがっぽりとかぶせてもらうことで、無病息災になるといわれています。
当の幼児 は、ワンワンと泣き出しますが、この風景はいつもながら微笑ましく見ることができます。
じょば

・鶏爺(とりじい)
鶏爺は露払い役(神輿を先導する役目を持つ長)です。
鶏のかぶりものに赤い面をつけ、赤絹の小袖・タッツケで大小刀を差します。
それぞれを男神、女神といい、男神(つねに寺町が担当)は茶褐色のかつらを付け女面を、男神(つねに押上が担当)は黒色のかつらを付け女面をつけま す。
それぞれが面を逆につけている伝説として、昔それぞれの面を違えたまま祭りを行ったところ五穀豊穣・豊漁となりました。
しかし翌年、正しい面をつけて祭りを行ったところ凶作不漁となっってしまったそうです。
以来、男神は女面、女神は男面と、違えたままになったといわれています。
ちなみに男面は口を固く結び、女面は舌を出しています。
鶏爺はけんか祭りが終了するまで、皆を先導する意味で、榊を高く持ち上げ手を下げることを禁じられています。
鶏爺

・お走りの勝敗は如何に
拝殿裏(北側)と舞台楽屋裏(南側)を通過する長円トラック200メートルを時計回りに走り回るけんか祭りですが、最後は位置についてヨーイドンで す。
一の神輿が東側、二の神輿が西側に位置し、合図とともに走り出し、一の神輿が3/4周、二の神輿が5/4周走ります。
ゴールは舞台楽屋裏(南側)の神輿置き台に担ぎ上げるまでです。
「一の神輿が南東角を回るまでに、北東側に回り込んできた二の神輿に見られたら一の神輿の負け」という鬼ごっこのようなルール。
押上地区が勝てば豊漁となり、寺町地区が勝てば豊作になるといわれています。
一気に走り終え、神輿を片づけるや否や、双方は桟敷席に登り込み、
「勝ったぁ、勝ったぁ、また勝ったぁ」と騒ぎ出します。
一の神輿は見つけられなかったと云いはり、二の神輿はしっかり見たと云いはる。
それぞれが「勝ったぁ、勝ったぁ」と叫びあいます。
双方が勝ち、お互いが豊漁豊作になるということらしいのです。

・稚児(地元では「おちごさん」と呼びます)
この日、お稚児さんは地面に両足をつけることが許されません。
古来より日本では神や精霊が子供の姿をしているという観念が少なからずあり、子供が依代や奉仕者でもあるということで子供自身が信仰の対象となるこ ともありました。
子供というのは世の穢れが満ちていない清らかな魂の持ち主とされ、神霊が宿る、または神霊そのものでもありました。
そのような観点から、お稚児さんは清らかな魂を保持するために大人の肩車にのって移動・舞台入りをしたり、舞が終わるまで地面に両足をつかないよう に穢れを避けます。

・詩歌応答について
天津神社の春大祭では、舞楽奉納(国指定重要無形民俗文化財)の合間に行われている詩歌応答(詩歌連俳贈答)があります。
世話人代表の一人、赤野光夫さんによると、詩歌応答の起源は「天津神社並びに奴奈川神社社記」の記述から江戸時代初期ごろと推定されるといいます。 また当初は詩歌の形態ではなく、主に楽屋にいる奏楽関係者と祭りの見物人が文で揶揄(やゆ)し合う中で、短歌や俳句に心得のある関係者が一首一句を 返したことから賦詠になっていったと想像されています。
即詠即答のおもしろさを存分に楽しんでいたことがしのばれ、非常に豊かな遊び心によって生まれた極めて貴重な独特の形態です。
現存する記録(舞楽差定:ぶがくさじょう)によると、詩歌応答は明治二十二年から相馬御風の死去した昭和二十五年まで続いた。翌年から二十六年間中 断したのち昭和五十二年、相馬御風の流れをくむ短歌会「木かげ」により復活したが、平成十八年に同会から継続できないとの申し出があった。
そのため新たな活動母体として短歌愛好者ら有志で「詩歌応答研究会」を立ち上げ、同研究会の代表二人が舞楽会に入ることで再度復活し、今後の継続を 図ることになったといい、継承活動に取り組んでいます。現在会員数は五十名です。
「今後は市民に広く理解して頂き、全国に例を見ないこのよき民族芸能文化を長く継承していきたい。」と赤野さんは話されています。

・舞楽と稚児(稚児舞)
平安時代に完成をみた雅楽は、その後地方の寺社を通じて各地に伝えられ、北陸地方には稚児舞楽として伝承されてきているものが多い。
天津神社舞楽の2週間後に行われる糸魚川市能生の白山神社舞楽も稚児舞です。
演技、演奏法に中央の神楽とは違ったものもみられるなど、史的に貴重なものとされ、いずれも国指定重要無形民俗文化財です。
稚児(稚児舞)は、小学生位の少年数名が平安時代風の白塗りの厚化粧(眉を剃るか鬢付け油で塗りつぶす(引眉))をして艶麗な装束で舞う典雅で可憐な舞 で、
舞楽の流れを汲み、曲名も舞楽と共通のものが多いが、曲調や楽器編成は雅楽の傾向から離れ、里神楽に近い。

糸魚川の4月10日はサクラがまだ満開になっていないことが多く、花冷えの時期にもなることも。
防寒対策をしっかりしてお出かけください。
糸魚川にきない!

【アクセス】
糸魚川駅から徒歩5分
名 称 天津神社(一の宮)
所在地 〒949-1352 新潟県糸魚川市一の宮
TEL 025-553-1785 糸魚川市観光案内所

弁天岩(べんてんいわ)と能生(のう)海岸

能生町の尾山(おやま)の岩肌に食い付くように建てられた白山神社、その尾山の岬の飛び出したところに浮かぶ岩が弁天岩(べんてんいわ)です。
能生駅から徒歩で20分程度。車では国道8号線で「弁天大橋左詰」信号を右折(糸魚川方面より上越に向かう場合)します。
道なりに国道の下に入ると駐車場があります。夏期は有料となるようですが通常は無料。ゆったり砂浜のすぐそばまで行けます。
(マリーンドリーム能生に駐車しても弁天岩までは歩いて来ることはできませんのでご注意ください)

昔は木製の橋でその揺れに恐れをなしましたが、ついにコンクリートとなりいつでも通行可能な橋が完成しました。
橋の欄干は赤、頂上には白い灯台があり、岩と松のバランスも良く、2016年日本ロマンチスト協会の「恋する灯台プロジェクト」で選定されました。
弁天岩と赤の欄干

PLACE(場所)、STORY(歴史)、ACCESS(道のり)、ROMANTIC(ロマンティック)、OCEAN VIEW(景観)、SHAPE(形)の基準で全国各地のなかから選ばれています。
毎年5月にはロープが張られ、鯉のぼりが岩まで並びます。
弁天岩と鯉のぼり
赤の鳥居と白い灯台

弁天岩には海の神様「市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)」が祀られていて社名は厳島神社です。のちの神仏習合では弁財天、弁天様なので弁天岩の名前が残っているのでしょうか。海の航海の安全と、豊漁の祈願の神として信仰されています。
厳島神社

弁天岩は海底火山の噴出火砕流が隆起した岩で、安山岩質の角礫凝灰岩で、ゴツゴツ・ブツブツとした岩の塊です。
頂上の小さな白い灯台まで登れる細い小道が付いており5分とかかりません。登ってみましょう。
滑ることはありませんが、ゴツゴツの岩につまづかないよう、転ばないよう足元に注意してください。
弁天岩

本当に小さな可愛い灯台ですが、頂上からは西方向には黒姫山と糸魚川の街が、
弁天岩から西を望む

東方向にはマリーンドリーム能生とその先に名立(なだち)の鳥ヶ首岬が見えます。
海原を見ながら潮風の香りをたっぷり吸い込んで日本海を楽しんでください。
健常者であれば橋から30分程度でゆっくり一回りできます。

能生町の海水浴場

弁天岩の西側の砂浜が能生町の海水浴場です。沖合に岩礁や防波堤があるので波は穏やかです。
7月中旬から子ども連れの海水浴客でいっぱいになり浜茶屋も建ちます。
能生ふるさと海上花火大会

8月第2週には「能生花火大会」がこの海浜で開催されます。
波の音を聞きながら真上に上がる花火は、住民の健康と繁栄を願い打ち上げられます。能生の夏の風物詩です。
→第68回能生ふるさと海上花火大会(2019)

6月下旬は蛍の季節。
能生海浜公園「ほたるの里」では、源氏ボタルの養殖が行われており、毎年「ほたるまつり」が開催されてます。
会場はマリーンドリーム能生の北側の山手になります。
短期間の開催ですが、糸魚川は水がキレイ、空気がキレイで、ほたる鑑賞ができる場所があちこちに増えてきています。
糸魚川の「ほたる巡りの旅」も一興です。
観賞の際はホタルが安心して生息できるようマナーを守って楽しんでください。
住所:新潟県糸魚川市大字能生小泊3596-2
お問合せ:025-566-3566(蛍ともしびの会)

6月は梅雨、アジサイの季節でもあります。
「大王(だいおう)あじさい園」では35種類、1,300株の色とりどりのアジサイを見ることができます。
大王あじさい園

昭和60年に大王さんが趣味で植えはじめ、その後平成16年から親戚の恩田さんや地元の住民が「大王あじさい園を守る会」として草刈りや手入れを続けている個人庭園です。
場所は能生の白山神社の裏手あたり。急斜面を登ったところに、とても田畑にするには無理と思われるような、しかし陽当たりのよい、あじさいには嬉しい場所です。
あじさいの花の間から日本海に浮かぶ弁天岩を見下ろせる贅沢な景色、小一時間ばかりの散策を楽しめます。
誰でも気軽に見学ができるよう「入場無料」となっていますが、これからも皆なの眼を楽しませる場であり続けるために、入園の折は寸志のご協力をお願いしたいと思います。
住所:新潟県糸魚川市能生7231
あじさい園から弁天岩を望む

駐車場から車を出し、北(上越市)方向に5分ほど進むと「道の駅マリーンドリーム能生」に到着します。

【アクセス】
糸魚川駅から車で25分、北陸自動車道糸魚川ICから30分 能生ICから5分
名 称 能生海水浴場駐車場
所在地 〒949-1352 新潟県糸魚川市大字能生
TEL 025-566-2214 能生観光協会
駐車場 普通車:400台(有料1000円)
弁天岩マップ


ベニズワイガニとマリーンドリーム能生(のう)

糸魚川が誇る海の幸「ベニズワイガニ」、日本海に面する道の駅「マリーンドリーム能生(のう)」は、日本一のベニズワイガニの直売所です。
糸魚川駅から国道8号線で日本海を眺めながら車で北上すること30分。
能生の弁天岩を見て、尾山(おやま)の横を抜けると、小泊(こどまり)地区のマリーンドリームに到着です。
弁天岩と尾山

カニの直売所が軒を連ね、採れたて茹であげの新鮮で廉いベニズワイガニがその場で食べれます。
「かにや横丁」と呼ばれる直売所で、元気のいい娘さんが呼び込みし、カニの足を折って無料で食べてもらい、さぁいかがと勧められると断りにくい。
かにや横丁

大きさと重さで見繕って数杯いただき、もちろんおまけ付きで大きなタライ(バケツ)に入れてもらい、芝生に座り込んでカニと格闘しているお客さんもたくさんおられます。
日向ぼっこしながらカニ三昧です。
最近の冷凍技術の進歩により、茹で上げたカニを瞬間冷凍し、冷凍パックで全国に発送するサービスも実施しています。

海洋丸とトットコ岩

地元の新潟県立海洋高等学校の実習船「海洋丸」の母港でもあり、生徒の開発した「最期の一滴(鮭の魚醤)」等の商品も並び、カニ直売、鮮魚販売と、県外から日本海を見に、そして海の幸を求めてやってくる人が絶えません。
海底火山が隆起した特異な岩「トットコ岩」もご覧ください。(トットコとは糸魚川地方でニワトリのこと。ある方向から見るとトットコに見えます)
北陸自動車道で能生を通り過ぎるのはもったいない。国道8号線に降りてマリーンドリーム能生にお立ち寄りすることをお奨めします。

「マリーンドリーム能生」では年間次のようなイベントが開催されています。
1月始 新年初売り 大富くじ大会(マリンドリーム能生からのお年玉)
1月末 糸魚川荒波あんこう祭り・能生会場
3月末 日本海大漁浜汁まつり(カニ食べ放題)
6月末 シーサイドかーにバル(カニ食べ放題)
10月末 豊漁大感謝祭(カニ食べ放題)
→ マリーンドリーム能生の年間イベント

道の駅「マリーンドリーム能生」ができて30年、それまでは小泊地区の国道8号線沿いに店舗を構えていましたが、道の駅の開設で駐車スペースが拡大され、今では観光客が集まり、ドライバーのオアシスになっています。
マリーンドリーム全景

マリーンドリーム能生に隣接する能生漁港は、新潟県南西地域の沿岸漁業の拠点漁港で、年間魚種別陸揚量の30%以上がベニズワイガニです。
ベニズワイガニは深海(水深800メートル以上)に棲息しており、ズワイガニ(松葉ガニとか越前ガニ(水深250メートルほどに棲息))とは個体種が違います。

能生漁港からは佐渡沖合に出かけ「かにかご漁」という漁法を用いて捕獲します。
網目15センチ以上のかごに、サバの切り身を入れ、縄に吊り下げ海底に沈めるのです。
ロート状になっている口は大きく、出るには小さく出れないかごになっています。
起伏に富んだ場所や深海にはこの漁法が用いられ、小さなカニはこの網目から逃れ出ることができるので資源保護に有効です。

ズワイガニより赤が際立つベニズワイガニは、深海に棲息するがゆえに、水分が多く鮮度の低下が早く、身が細めですが甘みが強いのが特長です。
いかに手際よく処理をするかが味を分けます。ここでは漁港に隣接する処理場で素早く茹で上げるので美味しいカニが食べられるのです。
ベニズワイガニ直売

カニを食べ始めると、真剣になって身をほぐし、ほぐした先から口に運ぶことを繰り返すので、無口になり会話が無くなります。
手も顔もカニの匂いでいっぱいになりますが、とにかく決着がつくまで食べるしかないですね。
ベニズワイガニ

能生から糸魚川に戻る途中、鬼伏(おにぶし)、鬼舞(きぶ)、両鬼(りょうき)など鬼の名前のついた地名の木浦地区があります。
この先の浦本(うらもと)地区に入る手前の岬を回り込む辺り、右手側(海側)に停車できる大きなスペースがあります。
昔は大きなドライブインがありましたが、2019年現在、左手側(山側)にコンビニエンスストアがあります。
対向車に注意しながら、右側スペースに入り駐車しましょう。
ここは日本海に沈む夕日を見る絶景のポイントです。太陽の沈む夕刻を見計ってひと息つきましょう。
浦本地区からの夕日

【アクセス】
糸魚川駅から車で30分、北陸自動車道糸魚川ICから40分 能生ICから10分
名 称 道の駅マリーンドリーム能生
所在地 〒949-1351 新潟県糸魚川市大字能生小泊3596-2
TEL 025-566-3456
営業時間 9:00~16:30 ベニズワイガニは1、2月が禁漁期間です。このためかにや横丁はお休みです。
駐車場 大型:10台 普通車:438(身障者用2)台
道の駅マリーンドリーム能生マップ


天下の険・親不知(おやしらず)

古く北陸道最大の通行の難所で天下の険として有名な親不知(おやしらず)。糸魚川駅から西(富山県)の方向に車で30分程度行ったところになります。
一般国道8号線で青海(おうみ)町を過ぎると、左手は絶壁、右手下は日本海、崩落防止と防雪のトンネル、カーブの連続と景色が一変してきます。
ようやくトンネルを抜けると親不知。北陸自動車道が頭の上に現れ、やがて親不知ピアパークに到着します。
親不知コミュニティロードはさらに10分富山方向に進みます。親不知観光ホテルを目当てに行くといいでしょう。

北アルプスの山腹絶壁が日本海まで押し寄せ、日本海の荒波が旅人の行く手を阻み、波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかったことから 「親知らず・子知らず」と呼ばれるようになったと伝えられる場所です。
また、一説には、源平時代の平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児を荒波にさらわれ悲しみのあまり詠んだ 「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯のあわと消えゆく」
という歌が由来になったともいわれ「親不知・子不知」とも。

人と自然の壮絶なドラマが多く残されている場所です。

・大国主命と赤鬼の力比べ伝説「投げ岩と鬼蹴り岩」。「鬼蹴り岩」は高速道路の下に埋もれて今は見えません。
親不知海岸と投げ岩

・歌が浜(うたがはま)に残される聖徳太子の歌 「萬代(よろずよ)と波はたち来て洗へども変わらぬものは水茎のあと」
・それに返歌をされた親鸞聖人の歌 「水茎のあとも遠かれ歌が浜洗い流すな八重の白波」(雲晴寺境内)

雲晴寺の碑

・木曽義仲が都へ攻め上るのを諦めたさせた絶壁「駒返し」

・「立竦如来(たちすくみにょらい)」や「波除観音(なみよけかんのん)」に伝わる人と荒波のドラマ

・作家水上勉の「越後つついし親不知」に表される、厳しい日本海と雪の物語の地

●四世代道路
北アルプスの断崖絶壁が海に落ち込むこの地には、四世代に亘る道路があります。
第一世代:今は海没しましたが、波打ち際を駆け抜け、岩の窪みで波をよけて通行した初期の道です。
 京都から秋田に抜ける「北陸道」は、江戸時代には加賀藩の参勤交代のため「加賀街道」とも呼ばれましたが、波打ち際を通行するのみでした。
第二世代:明治11年に明治天皇の北陸巡幸をきっかけに道路整備が始まり、明治16年に人力車が通れる国道が開通しました。
 このとき、道路が開通した記念に「如砥如矢(とのごとくやのごとし)」(=砥石のように滑らかで、矢のように速く通れる)が岩肌に刻まれました。
第三世代:昭和33年に開設した建設省北陸地方建設局が整備着手し、昭和42年国道の改修が完成し全区間2車線になりました。
 しかしその後も土砂災害が多く通行止めを繰り返し、本格的な防災工事を経て、現在は国道8号線として利用されています。
第四世代:昭和63年に北陸自動車道が全面開通しました。
 橋脚30本で日本海の中を走る道は仰天の景観と人智の妙に感動します。
 長い歴史のなかで親不知が安全に通行できるようになったのは、ほんのまだ最近の話だったのです。
北陸自動車道・親不知

●親不知ピアパーク
親不知と日本海を満喫できる道の駅です。
夏は海水浴、スキューバダイビング、磯釣りなどのマリンレジャーが楽しめます。海岸に降りてヒスイを探すのも楽しみです。
「ミリオン」と呼ばれる全長6m、重量5トンの世界一のブロンズ製海亀像が出迎えてくれます。
親不知ピアパーク マリオン

是非見ていただきたいのは、翡翠ふるさと館に展示される、橋立ヒスイ峡から移設された世界最大102トンのヒスイ原石です。
世界最大102トンのヒスイ原石

おさかなセンターでは獲れたての海産物を販売しています。親不知産の岩がき、サザエ、もずく、あんこうは名物です。
親不知コおさかなセンター

●親不知コミュニティロード
第二世代の道路を散策しましょう。明治16年に刻まれた「如砥如矢(とのごとくやのごとし)」の一枚岩の高さと大きさも見ごたえがあります。
この道は昭和61年に「日本の道百選」に選ばれました。
親不知コミュニティーロードマップ 如砥如矢

また、この下には旧北陸本線の親不知レンガトンネル(667m)があります。
大正元年から昭和40年までの53年間、旅客貨物輸送を支えた手積みレンガのトンネルです。
平成26年に土木学会推奨土木遺産に選定されました。
レンガトンネル内は通行できるように整備されています。石炭を炊いて運転していた当時の機関車のススが今もずっしりと残っています。
親不知コミュニティーロード レンガトンネル

この辺りの直下の海岸線が第一世代道路で通行を阻んだ岩場になりますが、今はその浜も海没して見ることはできません。

●親不知記念広場(展望台)
親不知コミュニティロードから糸魚川方面に戻る途中、風波川(かざなみがわ)の大きなカーブを越えた先に、駐車スペースがあります。
国道の改修を記念して造られた広場ですが、ここに停車し狭い展望台からコミュニティロード付近の岸壁を確認しましょう。
親不知の険しさがもっともよく見える場所で、ここからの眺望が一番だといわれています。
親不知海岸

愛の母子像が国道を往来する人々の安全を見守り、台座には糸魚川が生んだ文豪相馬御風の歌が刻まれています。
「かくり岩に寄せてくだくる沖つ浪の ほのかに白きほしあかりかも」

「親不知」観光90分、往復移動時間(30分×2)、併せて約3時間程度を計画しましょう。

【アクセス】
北陸自動車道「糸魚川IC」から車で30分、国道8号線を富山方向に走り、親不知ピアパークに到着します。
親不知ピアパークから、車で10分「親不知コミュニティーパーク」
親不知コミュニティパークは景色も良く見どころいっぱい。1時間程度散策しましょう。

2019/3/24からETC搭載車に限り、「親不知ピアパーク」には1時間以内であれば北陸自動車道の「親不知IC」から立ち寄りが可能になりました。
親不知ICから親不知ピアパークは1.5キロ約2分です。

所在地 新潟県糸魚川市大字外波903-1
問合せ先 道の駅 親不知ピアパーク TEL.025-561-7288
駐車場 無料 大型15台 普通車226台

親不知コミュニティーロード、親不知観光ホテル付近マップ
親不知コミュニティーロードマップ

問合せ先 親不知観光ホテル TEL.025-562-3005
所在地 新潟県糸魚川市市振119-1
駐車場 糸魚川市無料駐車場30台 バイクガレージ17台

高浪(たかなみ)の池

高浪の池

高浪(たかなみ)の池は、糸魚川市大字小滝にあります。
標高540メートルの白馬山麓国民休養地にあり、南北に600m、東西に125m、深さ13mの池です。
大型バスは進入できないので、人が溢れていることはなく、自然いっぱいのスポットです。
観光バスが入らないから観光事業が進まないと嘆きますが、入れないからこの自然が守られています。
展望台より高浪の池

標高0メートルの糸魚川から、徐々に高度を上げ、峠を登りきったところに絶景のポイントがあります。
池を見下ろし、その背景に明星山(みょうじょうさん)の大岸壁の盛り上がりが見える場所は、どの時期に訪れても満足できます。
写真は5月の景色、山は緑ですが残雪があり、池畔にはこの季節になっても桜が咲いています。
旅行社のパンフレットには「信州の秘境」などと宣伝され人気が高まってきていますが、新潟県糸魚川市の絶景ビュースポットです。

高浪の池遊歩道

高浪の池は一年中水を湛えた天然の池で、まったく、静かです。
池の周りを15分ほどで散策できる遊歩道があり、容易に360度からの池が眺められます。

木々に包まれ、芝生に座り込んで、何も動かなくても、十分満足でき、自然に溶け込んでしまいます。
お節介な物売りもないし、自分の存在で自然を汚すことが恥かしく思えるような気持ちになります。
そう、慎ましく生きなきゃ、と素直になれる不思議な場所です。

池畔には、高原交流センター(食堂、大広間)、売店、キャンプ場、グラウンドゴルフ場などが整備されています。

●巨大魚「浪太郎(なみたろう)」伝説
浪太郎

豊かな自然が残るこの池には体長4メートルほどの巨大魚の目撃が相次ぎ、ネス湖のネッシーならぬ、「浪太郎(なみたろう)」とか「翠(みどり)」とかの愛称で親しまれ、巨大魚らしい写真も掲示されています。池畔には浪太郎のオブジェがあります。
話としては面白いのですが信じますか。かもしれないという夢のような話に思わず池を見つめてしまうこときっとです。
実際は50センチくらいの鯉が泳ぐのを確認できます。

●赤禿山(あかはげやま)の地すべり
赤禿山

高浪の池の西に位置する赤禿山は、中生代のもろい砂岩から出来ており、はるか昔に山が崩れ地滑りが起こり、土砂で小さな沢がせき止められました。
その折に出来上がった池が高浪の池です。
雑草林でうるおった地下水は岩くずの中を流れて池に浸み出し、池の水は再び地下水となってヒスイ峡へと流れ出ており、旨い具合にバランスが取れており水が枯れることがないのです。
標高1158メートルの赤禿山は、春スキーやスノートレッキングが楽しめる場所と聞きます。
平岩(ひらいわ)の山之坊(やまのぼう)方面から登って来るようですが、明星山の迫力には圧倒されるようです。
ここまできたら、小滝川ヒスイ峡に行きましょう。そして明星山の大岩壁もご覧ください。
→小滝川ヒスイ峡

「高浪の池と小滝川ヒスイ峡」は観光60分、往復移動時間(40分×2)、併せて約3時間程度を計画しましょう。

【アクセス】
北陸自動車道「糸魚川IC」から車で40分、国道148号線を白馬方面へ走り、大正橋を渡ってすぐ右折し県道483号線に入って道なりに行きます。
大型バスは入りこめないので、人が溢れていることはなく、自然いっぱいのスポットです。

所在地 新潟県糸魚川市大字小滝19336
問合せ先 高浪の池高原交流センター TEL.025-556-2327
営業期間 4月25日(土)〜11月8日(日) 冬季は雪で閉鎖
営業時間 9:00〜16:00(食堂は10:00〜)
駐車場 149台

高浪の池周辺マップ


明星山。糸魚川真柏とムラヤママイマイ

明星山山頂

明星山(みょうじょうさん)は標高1188メートルでほとんどが石灰岩(サンゴの化石など)から成る山です。
白馬山麗県立自然公園に属しており、山容は見る角度によりいろいろな見え方をします。
大岩壁を登るだけではなく一般登山が可能な山で日帰り登山を楽しむことができます。毎年6月上旬に山開き登山が実施されます。
山頂から望める北アルプスの山々
明星山から北アルプス

山頂から高浪の池を見る
明星山から高浪の池


糸魚川真柏

この高く険しい崖には「糸魚川真柏(しんぱく)」(ヒノキ科の常緑の低木、盆栽の王様)が自生していました。
盆栽仲間では一目をおくくらい高い価値があります。
風雪に耐え、枝や幹が曲り、樹皮が剥けた白骨のように見える「シャリ」を持ちながら、なおかつ強い幹部と、常緑の葉が絶妙なバランスをもつ姿が人気です。
日本一の盆栽に輝く糸魚川真柏(明星真柏)は愛好家にとって夢・幻の存在と言われ高価でもあります。
これを求めて滑落死亡事故が多く発生していますが、乱獲により現在ではほとんど自生しているものは見受けられなくなりました。
糸魚川市の愛好家たちは、毎年5月に「翠風展」、毎年10月に「盆栽展」を開催し、盆栽の真柏の美しさを鑑賞し、展示・即売もしています。
これを目的に糸魚川を訪れるのもいいでしょう。

ムラヤママイマイ

もうひとつ。今度は動物のお話。
明星山には絶滅危惧種のカタツムリ「ムラヤママイマイ」がいます。
普通のカタツムリは右巻きですが、1971年明星山から左巻きのカタツムリが発見されました。
発見者は、柏崎農業高等学校教諭の村山均氏。発見者の名前を採って「ムラヤママイマイ」です。
このカタツムリを撮影しに明星山にやってこられる人もいます。
山頂に生息するものは殻の背が高く、岩壁に生息するものは殻が平べったいのが特徴だそうです。
採取は絶対禁止です。
画像はネットオークションに出店されていたときのものです。
このような希少価値のものを売る人と買う人たち。
世の中様々ですが、身勝手な私たちの時代で絶滅させることはしたくないですね。
環境省レッドリスト「ムラヤママイマイ」


【アクセス】
登山情報
岡集落ルートと小滝川ヒスイ峡からサカサ沢の2ルートがあります。
小滝川ヒスイ峡からの登山道は西壁の直下を通り、石や岩が堆積して歩きにくく落石も多く危険です。
山開きは小滝地区公民館(駐車台数約20台)からスタートし、岡ルートを往復します。登り3時間、下り2時間半。
明星山マップ


小滝川ヒスイ峡

糸魚川駅ジオパル入口から入ると、正面に展示紹介されている明星山(みょうじょうさん)大岩壁と秘境小滝川(こたきがわ)がここです。
小滝川ヒスイ峡は、明星山の大岩壁が落ち込んだ川原一帯を指し、姫川の支流の小滝川にあります。
「ヒスイのふるさと糸魚川」を象徴する日本随一のヒスイの産地です。この区域ではどのような岩石も動植物も採取は禁止です。
昭和31年に国の天然記念物に指定されています。
過去にはずいぶん盗掘されたと言われますが、「糸魚川ヒスイ」は日本ヒスイの代表として今もなお有名で、きれいな宝石として人々に大切にされています。

糸魚川駅

「ヒスイ峡学習護岸」は高浪の池(たかなみのいけ)から4キロ10分ほど車でクネクネと下ったところにあります。高浪の池とワンセットで観光しましょう。
ヒスイ峡学習護岸の無料駐車場(40台程度)に着くと小滝川の水音がすぐ近く。
山腹の高浪の池から川の水に触れる場所まで下ったことになります。
川の中には一目見ただけではわからないでしょうが、ヒスイの大原石がゴロゴロとあります。
糸魚川駅

渓谷の厳しさと、清流の大きな音、硬いヒスイの大岩、目の前には明星山の岩壁。圧倒される自然があります。

ここから流れ出たヒスイは小滝川、姫川を下り、市内の海岸に打ち上げられます。
糸魚川駅

姫川河口付近の海岸は「ヒスイ海岸」とも呼ばれ、嵐の去った翌朝にヒスイを求めて探し歩く愛好家の姿が見られます。
海岸でヒスイを探し拾うことは禁止されていません。拾った石が本当のヒスイかどうかは、フォッサマグナミュージアムに持ち込んで無料鑑定してもらいましょう。

ヒスイ峡学習護岸から車でクネクネ今度は登ります。10分程度で「ヒスイ峡展望台」に到着します。
糸魚川駅

目の前には明星山の大岩壁、高さ440メートルといわれてもあまり実感がありませんが、上級者のロッククライミングの場所として有名です。
もしクライマーが見えれば、豆粒ほどの大きさの人に対するこの岩壁の高さと大きさに気付きます。
案内表示板には次の写真が出ていますので確認してみましょう。
糸魚川駅

乗り出せば、ヒスイ峡学習護岸がはるか下に見えます。
糸魚川駅

厳しい渓谷と頑強な岩肌、海岸から1時間もかからない場所、絶景に囲まれたヒスイを産するこの秘境、是非見ておきたいスポットです。

観光60分、往復移動時間(40分×2)、併せて約3時間程度を計画しましょう。

【アクセス】
高浪の池から「ヒスイ峡展望台」まで車で20分。
ヒスイ峡展望台から小滝集落まで下る道が険しく通行止めの場合があります。案内表示に注意してください。
糸魚川駅から高浪の池までは車で40分。
バス路線はありません。
サイクリングも可能ですが国道148号線は狭く危険です。また小滝集落からは急な登り坂が続きます。
糸魚川駅

フォッサマグナミュージアム

「フォッサマグナミュージアム」は新潟県糸魚川市にある石の博物館です。
糸魚川駅

・糸魚川市の石であり、新潟県の石であり、日本国の石でもある「ヒスイ」について
・フォッサマグナってなぁに?
・世界の石・鉱物の展示
・地球のなりたち、日本列島のなりたち
・糸魚川近辺の山・川・谷について
・化石探し体験学習
など、目で見て、手に触れて、石の体験学習ができます。
ウェブサイトが充実していますので、詳しくは下記をご覧ください。
フォッサマグナミュージアム

糸魚川駅

巨大シアターあり、実験装置あり、目で見て体験できる大人も子供も感動できる博物館です。
じっくり一日かけても見飽きませんが、さっと一時間程度で見学するつもりで入館ください。
続きは次回訪問したときの楽しみにして。
フォッサマグナミュージアムを見学したあとは、実際の糸魚川を見に行きましょう。
海岸などで拾った石や化石の無料鑑定(ひとり5個まで)を行っていますので、
先に海岸でヒスイ探しをした後で、ミュージアムに来館するというのもいいでしょう。
石の鑑定ご利用の方へ

【アクセス】
フォッサマグナミュージアムは、糸魚川市駅の南に位置する美山公園の中腹にあります。
駅から車で15分、糸魚川ICから車で10分。
徒歩で来られる方もおられますが、ずーっと登り坂です。45分程度かかるでしょうか。
市の巡回バス(糸魚川駅発、運賃100円)もありますので観光センターにお問い合わせください。

ミュージアム周辺は、石と緑の公園で整備されています。
「化石の谷」では化石採取体験ができます。
ここでは過去に、小学生が東アジアで3例目となる謎の甲殻類「サイクラス」の化石が発見されました。
「噴水広場・岩石庭園」には大きなヒスイの原石をみることができます。
糸魚川駅

勾玉の形をした「まがたま池」周辺は静かで、水と緑がいっぱいで散歩に最高の場所です。
糸魚川駅

「長者ヶ原遺跡」は東京ドーム約3個分の面積をもつ縄文中期の集落跡です。
糸魚川駅

縄文時代以降の土器・石器・玉などの発掘物は「長者ヶ原考古館」で確認できます。

糸魚川(いといがわ)駅とジオパル

新潟県糸魚川(いといがわ)市の玄関口である糸魚川駅は、2015年JR北陸新幹線糸魚川駅開業に合わせて駅舎部分が新設されました。
これまで駅出口は北側だけでしたが、駅舎新設により南北出口が設けられ、北側を「日本海口」、南側を「アルプス口」と呼び、自由通路で行き来できます。
糸魚川駅は日本海に最も近い新幹線駅で、日本海口から北に直進200メートル程度で日本海に達します。
アルプス口方面2階の窓に向かうと、頸城の山々をはじめ、はるか北アルプスまでが望めます。
駅舎は日本海の波と北アルプスの山並み、地層や断層を表すストライプのイメージとヒスイを表す翠色が用いられていて、アルプス口広場正面に「レンガ車庫」のモニュメントが設置されてます。
糸魚川駅

日本海口には隣接地して「ヒスイ王国館」(交流施設)があり、1階は「糸魚川観光物産センター」、2階は観光案内所、駅レンタカーの窓口があり、
アルプス口1階には「糸魚川ジオステーション”ジオパル”」があります。
糸魚川駅

ジオパルはジオパークのジオGeoと、仲間の意味のパルPalをつないだ造語です。
ジオパークは2009年に日本最初のジオパークに認定された糸魚川、2017年も「糸魚川ユネスコ世界ジオパーク」とし再認定され、市民こぞって続けている活動です。
さて、ジオパルに入りましょう。入場は無料、時間があればゆっくり子どもも大人も楽しめます。

糸魚川駅

入って右手は、ジオパーク観光インフォメーションセンター
24のジオサイト(地質や文化・歴史を体感できる場所)の説明、山や海のこと。明星山スライダーや、ミニボルダリングはお子様がよろこびそう。

糸魚川駅

入口の左手は「キハ52展示待合室(52形156号車)」です。大糸線で利用されていた車両を市が引取り展示しています。実車両を間近で見学でき、車内の座席を「待合室」として使用しています。
イベントのある日には、車両全体を駅前広場の歩行者道へ移動し、屋外展示もされます。
糸魚川駅

階段を数段のぼり、キハ52車両に入り、通り抜けるとジオラマ鉄道模型ステーションに入れます。(経由せずに外からの直接入場口もあります)
にぎやかなプラレールがあり、ダイナミックなジオラマのなかを鉄道模型が走り回っています。見るだけでなく実際に電車を動かすこともできます。
モニター画面を見ながらレバー操作で、駅に停止させたり発車させたり。運転体験は30分500円。

糸魚川駅

糸魚川に着いたらまずジオパルへ
どこの何が面白そうか、「オモシロ」の切り口が見えます。
糸魚川の滞在時間と行動範囲を計画し、季節・天候・時間に合わせて糸魚川を満喫してください。

★おまけ
JR北陸線は第三セクター「えちごトキめき鉄道(略称トキてつ)」の管理に変わりました。
トキてつは、日本海ひすいライン(市振-直江津)と妙高はねうまライン(直江津-妙高)の2路線を運行しています。
2016年から観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」が運転されています。

JR大糸線は糸魚川-南小谷(みなみおたり)-大町-松本間で運行されています。
このうち糸魚川-南小谷(みなみおたり)はJR西日本管轄の駅で、それ以降はJR東日本管理。
糸魚川駅はJR西日本管轄の飛び地のような駅なのです。
大糸線全線開通<1957年)から60年が経過していますが、急勾配の路線のため1両編成の気動車(ディーゼルカー)で運行されています。
豪雪、なだれ、地すべりで管理運営も大変なのですが、北アルプスを目指す登山家には大切な路線。
渓谷美と北アルプスの眺望、ゆったりとした路線はカメラマニアや鉄道ファンにも人気です。

糸魚川駅


山の幸

棚田20190601

日本海を背にし、南を向けば頸城山塊やはるか北アルプスが望める糸魚川。

日本海から沸き起こる雲がアルプスに阻まれ、通り抜け、風となり雪となる千変万化の気候の糸魚川
一日安定した天候はなく、朝は海風、夕餉に凪いで、夜は山風。
高温多湿で、昼夜の寒暖差は大きく、標高2000メートルを越える山岳地から0メートルまでの急な地形、フォッサマグナの影響で出現する多彩な地質、 これらが組み合わさって様々な作物ができるのです。山菜の宝庫、薬草の宝庫、野菜、果物も豊富な糸魚川です。

いつ頃、どんな種類の野菜ができるのか、季節ごと種類ごとに一覧にできないものかと思っていました。
このほど[海編]とともに[山編]パンフレットが市観光課から出来上がりました。

下記2画像参照

生産者の方々はそれぞれが独自の生育法を持っておられ、大規模農家の方以外は自慢の野菜を「ひすい食彩館」に持ち込みます。
糸魚川らしい野菜、山菜、きのこはここで購入することができます。
近隣のスーパーも直接生産者からの産品を受け入れていますので、住民もスーパーの野菜コーナーで購入しています。
商品には生産地と生産者のお名前が明記されているので、地元産品かどうかがすぐに判ります。

糸魚川らしいのは春に出る「山菜」です。
フキノトウ、ウド、コゴミ、タラの芽、コシアブラ、ワラビ、ぜんまい、ぎんぶき
そしてタケノコ、マガリタケ、フキ、ヨシナ。
夏には、トマト、ブルーベリー、オクラ、モロヘイヤ、越の丸ナス、ミョウガ、糸ウリ
秋には、ブドウ、サトイモ、キノコ類(ブナシメジ、マイタケ、ナメコ)
わさび、シイタケは気候と清涼な水を利用して年間を通じ生産販売されています。

一般の方の目には触れない薬草類ですが、高温多湿のこの地方には貴重な薬草がたくさん採れます。
某製薬会社は年間を通じてこの地方で獲れた薬草を利用されていると聞きます。

糸魚川に来たら、糸魚川らしい野菜を是非食してみてください。

糸魚川の食材[山編]
糸魚川の食材[山編]

糸魚川の山の幸
糸魚川山の幸2


商品の紹介
干しぜんまい
トマトジュース
ブルーベリージャム
越の丸ナス
原木ナメコ
わさび
シイタケ、キクラゲ
しそきくらげ

海の幸

日本海20191115

日本海が眼の前に拡がる糸魚川。

延長350メートルの深海が海岸線の目の前にあり、漁場まで5分で行けるという最短最良の土地
起伏に富んだ海底で、様々なお魚が国道8号線を見ながら漁ができるといいます。

いつ頃、どんな種類のお魚が獲れるのか、季節ごと種類ごとに一覧にできないものかと思っていたところ、ようやくこんなパンフレットが市観光課から出来上がりました。
下記2画像参照

鮮魚は「おさかなやさん」で購入するものというのは今はもう過去の話。
独立した「おさかなやさん」だけでは、経営が成り立たない。
糸魚川でお魚屋さんを営むのは、漁師であり店舗経営もされる「伝兵水産」さんくらい。

越後屋ええもん本舗では「伝兵水産鮮魚詰合せ」を取り扱っています。

糸魚川住民は、近隣のスーパーで生活用品とともに鮮魚コーナーでお魚を求めます。
漁業を営む方は、スーパーに卸します。
都会のスーパーと異なるのは、糸魚川(日本海)で取れた鮮魚がたくさん店頭に並んでいるということ。

飲み屋さん、お寿司屋さん、料理屋さんは当然のこと糸魚川の新鮮なお魚を準備してお客さんをお待ちしています。

糸魚川に来たら、日本海のお魚を楽しんでください。

糸魚川の食材[魚編]
糸魚川海の幸1

糸魚川の海の幸
糸魚川海の幸2

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